これからの「正義」の話をしよう その8
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○第八章 誰が何に値するか?…アリストテレス
◆アリストテレスの政治哲学
アリストテレスの政治哲学の中心には2つの観念がある。
一つ目は
1:正義は目的にかかわる。正しさを定義するには、問題となる社会的営みの「目的因 (テロス)」を知らなければならない
というものだ。ものや営みにはすべて固有の「存在する目的」である「目的因 (テロス)」がある。そして、各々のものや営みが有する目的因にふさわしいものを与えることが正義である。
例えば、「世界で最も良い笛」は誰に与えるべきだろうか。そのためには、笛の目的因を明らかにする必要がある。笛は上手く吹いてもらい、良い音楽を生み出すために存在する (これが目的因)。そのため、その笛はそれをもっとも上手く吹く者に与えられるべきである。
2つ目の観念は
2:正義は名誉にかかわる。ある営みの目的因について考える−あるいは論じる−ことは、少なくとも部分的には、その営みが賞賛し、報いを与える美徳は何かを考え、論じることである。
というものである。笛をうまく吹く者に、笛を与えるということは、単にふさわしい者にふさわしい物をあてがうという機械的な行為ではない。笛を与えるということは、部分的には、その人が「笛を持つに相応しい美徳を持つ」という名誉を与える行為である。
つまり、その営みの目的因は何かと考えることは、その営みがどのようなどのような美徳を賞賛するのかという面が伴う。笛の目的因は何かと考えることは「この笛にふさわしい名誉、美徳を持つ者は誰か」という名誉や美徳について考えることを含む。
つまり、アリストテレスの考えは、まず「目的因」があり、それに基づいて権利や名誉、報酬などが分配されるべきであるとするものである。
この考えはいささか物事を簡単に捉えすぎているように見えるかもしれない。アリストテレスの理論が生まれた時代は、「炎が上方へと立ち上るのは本来の居場所である天に帰ろうとするからだ」といった、素朴な目的論的発想が容認されていた時代である。アリストテレスに言わせれば、政治にすら明確な目的因が存在する。それは「善き市民を養成し、善き人格を養成すること」である。
しかし、現代的な感覚から考えれば、特定の営みについて目的因を決定することなど容易でないことは明らかである。現代において政治という営みの目的因について簡単に意見が一致するとは思えない。
そういう意味では、カントやロールズが、目的自体は各人が自由に選ぶべきであるとして、目的 (道徳の原理)と公正の方法 (正義の原理)とを分離させたことは、もっともなことである。しかしながら一方で、そのような分離も実際は容易ではない。
◆本質と公正さをめぐる問題
循環系の疾患のせいで片足に障害のあったプロゴルファーのケイシー・マーティンは、試合中にゴルフカートでの移動の許可を求めたが、プロゴルフ協会は「ルール上認められない」としたため、判断は裁判所に持ち込まれた。
マーティンの主張の根拠は、活動の本質を変えないことを条件に、障害を持つ者に妥当な便宜を図るよう求める米国障害者法である。一方、協会側の大御所たちは、ゴルフ中の移動による疲労も試合の重要な要因であり、カートの使用は不公平になると主張した。
単に正義だけを、つまり公平さだけを問題にするなら、全員がカートを使用することにすれば問題は解決する。しかしながら、一流のゴルファーたちはこうしたルール変更には賛成しないだろう。なぜなら本当に争われているのは、公正さだけでなく、ゴルフにまつわる名誉の問題だからである。
ここで問題となっているのは、ゴルフという営みの持つ目的、ゴルフが賞賛する美徳の中身だ。もしカートを使用するようなことになれば、ゴルフというスポーツの持つ美徳や、一流のゴルファーとしての名誉が損なわれると、大御所たちは考えたのである。
つまり、これは「ゴルフの本質とは何か」そして「ゴルフにおける善とは何か」という議論である。最終的に裁判所は、カートの使用はゴルフの本質を変えるものではなく、不公平にもならないとして、カートの使用はゴルフの根本的な特性と矛盾しないという判決を下した。
ここで扱いたかった問題は、ゴルフの本質に対する正しい解釈が何かということではない。ある営みにおける公平さ、正義と権利についての論争は必然的に、その営みの目的、本質、賞賛される美徳、つまり「その営みにおいて何が善なのか」をめぐる論争になることが多いということだ。
結局、社会における善の本質を議論しないことには、社会において何が正義か決めるのは不可能なのかもしれない。
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