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オックスフォードからの警鐘:グローバル化時代の大学論

日本の大学は、本当に活力を失っている。お決まりの批判になるが、政府や産業界が主導する大学改革の言葉に踊らされた結果、表面的な「改革」に労力を奪われ、益々失速の度合いを強めている。



山中氏や大隈氏などノーベル賞級の研究者をはじめ、とうとう海外からさえ、日本の研究の失速を心配される状況である



本書は「グローバル化」の観点から、イギリス、特にオックスフォード大学との比較を通して、日本の大学の現状を論じた一冊である。なぜオックスフォードかと言えば、著者の苅谷剛彦氏が2008年に東大からオックスフォードに移ったからだ。



◆オックスフォードに見るイギリスのグローバル化
そもそも大学の「グローバル化」とは一体何なのか。「グローバル化」という言葉が叫ばれて久しいが、日本の大学は製造業のような「リアルな」国際競争には晒されていない。



一方、著者の所属するオックスフォード大学はまさに、日々の教育研究改革によって、グローバルな人材獲得競争のただ中にいる大学である。



オックスフォード大学は、38のカレッジと5つのdivisionsの集合体である。学部学生と大学院生数はそれぞれ1万人強 (2014年7月末時点)、学生数規模だけで見れば東大の方がやや上である。



しかし内訳を見ると、オックスフォードの学生は、留学生が4割を占めている。これは東大の13%]よりはるかに大きな数字である。



こうした事実は、単純な人材獲得だけでなく、社会への経済効果としても現れる。寄付金や、留学生による国内での消費を含め、イギリスの高等教育は年間1兆4000億円の外貨を稼ぎ出す巨大な産業となっている。



イギリスにとって、グローバル化つまり海外から優秀な学生を集めることは、大学経営上だけでなく、国家の経営上も重要な課題なのである。



◆「世界大学ランキング」という仕掛け
イギリスにおけるこうした取り組みは、国家的な課題として実行された。1999年、時の首相トニー・ブレアは、2005年までの政策目標として、世界の高等教育留学生市場の25%のシェア獲得を掲げた。



背景の一つには、当時の留学生市場の大幅な拡大がある。世界全体の高等教育機関への留学生数は1999年の200万人から2014年の450万人弱と、倍以上となっている (またこの間、中国人留学生のシェアは5%から11%程度にまで増加している)。



この留学生を集める仕組みの一つが、日本のニュースでも良く聞くようになった世界大学ランキングである。この大学ランキングはつい最近の2004年に始まったばかりであり、実施主体はTimes Higher Education、つまりイギリスの機関である。



世界の学生は留学先を選ぶ際、こうした大学ランキングを当然参照する。イギリスの大学では、世界大学ランキングの順位と留学生を集めることの成功との間に明確な正の相関関係が見られるという (p.193)。つまり、留学生獲得のためには、ランキングの上位に位置することが重要なのである (もちろんそのためには教育の質向上が欠かせない)。



国を挙げた様々な取り組みの結果、2006年には、第一次の国際化政策において、当初目標とした7万5千人増を大幅に上回る11万8千人増を達成した。その後もイギリスでは、大学等関係機関への投資だけでなく、留学生の就労機会や、卒業後の在留期間の設定など、人材取入れのための積極的な取り組みが行われている。



◆ランキングに踊らされる日本の大学
日本でも最近、世界大学ランキングの順位が、政府の掲げる目標基準の一つとされている。にもかかわらず、留学生の実質的な比率は低水準である。



留学生比率や外国人教員数、英語で実施される授業数などの数値目標は設定されているものの、数合わせが行われるにすぎず、実質的な人材獲得競争に参入しているとは言い難い。



つまり日本は、「想像上の」国際競争の場が設定されている (p.32)に過ぎず、大学ランキングをはじめとする「グローバル化」という言葉に「まんまと巻き込まれている (p.195)」と、著者は指摘する。



そもそも見てきたように、「グローバル化」の意味自体が異なるのである。イギリスにおいては、いかに優秀な留学生を獲得するかが、中心的な課題であるが、日本では経団連などがしばしば言うような「グローバル人材に求められる能力」である主体性、積極性、チャレンジ精神等々の能力をいかにして身につけさせるかに注目が行きがちである。そしてそのような能力の必要性は、1980年代から繰り返し提言されてきた、いわばお決まりの主張の一つに過ぎない印象を与える。



 ◆



著者の苅谷剛彦氏は、これまでも様々な視点から日本の大学の在り方について様々な提言を行ってきた現代の日本を代表する教育学者の一人だが、その苅谷氏がとうとう日本の大学を離れてしまった。正直そのこと自体に、日本の大学の置かれた状況を感じざるを得ない。



グローバル化」をはじめとする理念的な言葉を掲げつつも、時代に合わせた実利をしたたかに得ること、またそうした利を掴みつつ、「自らの参照点に照らした教育・研究のスタイルを維持 (p.225)」することの両方を達成していることが、オックスフォードの強みであると苅谷氏は述べる。



こうした革新と伝統とを巧みに合わせたダイナミズムを持ち、変化と一方での旧守のバランスを大学と社会が守っていけるかが、日本の大学の行く末を左右していくだろう。

「大学改革」という病――学問の自由・財政基盤・競争主義から検証する

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