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研究不正:科学者の捏造、改竄、盗用

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

ここ数年で最も有名な研究不正と言えば、言うまでもなくSTAP細胞だが、研究での不正は古くから存在した。



ニュートンやメンデルは、自分の理論に一致するようデータをデータ改ざんしたと考えられているし、ダーウィンエドワード・ブリスというほとんど無名の動物学者から自然淘汰と進化のアイディアを盗用したとされている。心理学では、シリル・バートのIQの遺伝研究等が有名である。



そんな訳で、研究不正は例を挙げれば枚挙に暇がないが、近年の状況を見ると、研究の不正や誤りによる論文の撤回数のワースト1は実は日本人なのである (ちなみにワースト7も日本人, p.259)。また、2004年から2011年の間の国別論文撤回率では、日本は第5位である (それより上位は、インド、イラン、韓国、中国, p.218)。研究不正という話題は我が国において特に切実な問題なのである。



研究不正に関する有名な本と言えば、ウイリアム・ブロードとニコラス・ウェイドによる『背信の科学者たち』である。『背信の科学者たち』では、豊富な例を示しながらも、「科学」という営みそのもの、あるいはそれに携わる人間の理性の限界など、どちらかというと高尚な視点から科学史上の不正・過ちを論じた本である。



一方本書、「研究不正:科学者の捏造、改竄、盗用」は良い意味で具体的である。特に、技術発達に伴う不正とその防止策、我が国の大学等で実施されている具体的な防止・対応の取り組み、背景にある我が国の研究支援体制など、制度的な面から、研究不正にコンパクトにまとめられている。電気泳動を用いた画像操作や、インターネットによる論文のチェックシステムなどが具体的に紹介してあって面白い。



実際の不正事例紹介の際は、「ピルトダウン人のメルトダウン」やら「ホップ・STAP・ドロップ」などと、脱力するようなダジャレが頻発するが、本書の著者黒木登志雄は、IPS細胞の山中伸弥が不遇の時代に何度も読みかえしたという『がん遺伝子の発見』の著者であり、第一級の研究者ある。こんな風に茶化したりでもしないとやってられないのかもしれないし、我が国の現状に単純に呆れているのかもしれない。



研究という仕事が、他の仕事と大きく異なる点は、研究がそもそも「真実を対象としている (p.3)」ことである。その真実への途を棄損する行為は、研究であることを放棄するに等しい。また、STAP細胞はもとより、少しさかのぼれば上高森遺跡やディオバンなど、いずれも人々の信頼を裏切るばかりか、そこに投じられた研究費、不正調査費、あるいは不正と知らずに実施された追試の費用など、損失は計り知れない。



しかしながら、いくら偉そうに「真実」を扱うと言ってみても、残念ながら金銭や名誉が絡む限り、不正に対するインセンティブはなくならない。そういう意味では、こうして研究の在り方について定期的にまとめ、振り返ることも大事な作業であろう。



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余談になるが、心理学の研究 (特に質問紙を扱うような研究)は、正直捏造・改竄をやろうと思えばいくらでもできる。実際にここで少しばかりデータが違ってくれたらと思わずにはいられないような結果に相対する経験はほとんどの研究者が経験している筈である (原理的に考えればこの時点で「真実」の優先順位が下がっている訳である)。



少し前、主要雑誌に掲載された心理学の研究100件を追試した所、再現率が40%以下であるという、衝撃的な報告がScience誌に掲載された。

この論文自体は、仮説を支持しないような研究結果はどうしてもインパクトが薄いので報告・掲載されにくく、インパクトのある”偏った”研究結果が報告・掲載されやすい可能性を指摘するものであり、研究の不正を指摘するものではない。しかしながら、研究を取り巻く現状が「真実」へ近づくことを妨げる形で作用するという点では、やはり中々に悩ましい問題である。



なお、この報告をきっかけとして、日本の心理学界でも追試の価値が改めて認識されるようになり、現在様々な取り組みが始まっている。研究にはどうしても新規性が求められる以上、追試の価値が高まる風土がどの程度定着するかはまだわからないが、今後の展開が期待される所である。

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

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背信の科学者たち―論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか (ブルーバックス)

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