これからの「正義」の話をしよう その7
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○第七章 アファーマティブ・アクションをめぐる論争
アファーマティブ・アクション (積極的差別是正措置)とは、弱者集団の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境を鑑みた上で是正するための改善措置のことである。
アメリカの大学では、アファーマティブ・アクションを採用し、マイノリティの出願者を優遇する措置を設けることがある。このことは逆に言えば、自分の方が成績が良いにもかかわらず、人種が原因で不合格になる可能性があるということだ。
このような経緯でテキサス大学のロースクールに不合格となった女性が、自分よりも成績の低いアフリカ系アメリカ人やメキシコ系アメリカ人が合格するのは不当だとして訴訟を起こした。
一体、アファーマティブ・アクションは公正と言えるのだろうか。
◆擁護論1 過去の過ちの補償
一部のアファーマティブ・アクション支持者は、かつて虐げられた人々への補償のために、人種的・民族的要因を考慮するべきだと言う。
しかし、アファーマティブ・アクションは虐げられた人々への直接の補償を行う訳ではない。また、補償のしわ寄せとして不合格を言い渡される者が、直接彼らを虐げたわけではない。
この問題はまた別の大きな問題を提起する。すなわち、過去の世代が犯した過ちを、我々は償う道徳的責任があるのかということだ。
我々は、個人としてのみの責任を負うのだろうか。それとも歴史的アイデンティティを持つコミュニティの成員として負うべき義務があるのか。
この問題は非常に重要な部分だが、この章ではこれ以上深入りせず、第九章で改めて扱う。
◆擁護論2 社会的目的の達成
アファーマティブ・アクションを支持する意見のもう一つは、アファーマティブ・アクションが、大学が自らの社会的目的を果たすための手段になるということだ。
「法治社会を実現するには、市民が法の判断を進んで受け入れるような社会を作らなくてはならない」そのためには「あらゆるグループの成員が司法に参加しなければならない。」テキサス大学はこのような理由から、アファーマティブ・アクションを採用しているという。
法哲学者のドナルド・ドゥウォーキンは「大学は、このように自らの社会的目的に基づいて、独自の選考基準を定めるものである。従って、大学入学資格はそもそも学業成績のみで判定されるものではない」とする。
つまり、学生の学業成績と、どの学生が入学を許可されるかは厳密には別の問題だということだ。実はこの議論は、前章で述べたロールズの考えに通じるものである。
ロールズは、努力に報酬が与えられるべきかどうかは、努力というものの持つ価値ではなく「努力した者には報酬を」というルールの有無に依存するとした。
同様に、学業成績の高い者に合格が出されるべきかどうかは、学業成績自体の価値ではなく「学業成績の高い者に合格を与える」というルールの有無に依存するのである。
ロールズはこのように、努力や学業成績といった道徳的功績の価値と、分配の正義や権利とを切り離して考えることで、中立的な立場から正義と権利のよりどころを見つけようとしていたのである。
◆道徳的功績と分配の正義の独立は可能か
しかし、社会全体の共通善を達成するために、合格者を独自の選考基準に基づいて判断してよいのなら、学生の選び方そのものは大学が自由に決めて良いということになる。
それならば、大学入学枠の一部を売りに出したらどうだろうか。社会的目的を達成するためには、経営・研究のための資金が必要だ。入学枠の一部を売りに出すことはそのための資金獲得に貢献し、ひいては社会的目的の達成を助けるという論理も成り立つ。
しかし多くの人は、このような行いは純粋に「大学の堕落」だと考えるだろう。ではなぜ、合格の権利を売りに出すことが「大学の堕落」になるのだろうか。ロックコンサートのチケットがオークションで高値をつけても、誰も堕落とは思わない。
入学枠を売るというようなことになったら、大学の質は下がり、結果的に大学が掲げる社会的目的の達成をかえって妨げるという意見もあるかもしれない。これは功利主義的立場からの反論だが、「堕落」というのは、功利主義的な立場とはまた違う視点からの批判である。たとえ大学が社会的目的を果たし続けたとしても、「堕落は堕落である」と言われるだろう。
ここには大学の持つ、そしてロックコンサートにはない品位の問題がある。大学はある種の社会的目的 (共通善)を追求するものなのだから、その手段 (学生の選抜)もそれにふさわしいやり方でなくてはならない。
ロールズのアイディアを借用するならば、学生の学業成績の高低と、大学入学の権利の有無とは別の問題として扱うことができる。
しかし、大学には大学たるべき品位が存在するのならばやはり、大学入学の権利付与に際し、道徳的功績である学生の学業成績を切り離して考える訳にはいかないのである。
では、ロールズやカントのように、中立的な立場から正義や権利のよりどころを確立することはできるのだろうか。次章では、この点について検討することにする。
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