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老化の進化論:小さなメトセラが寿命観を変える

老化の進化論―― 小さなメトセラが寿命観を変える

老化の進化論―― 小さなメトセラが寿命観を変える

ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群という遺伝性疾患がある。全身の老化が異常に早く進行する病であり、患者の平均寿命はわずか13歳である。しかも、現在の所根本的な治療法は存在しない。



非常に恐ろしい疾患だが、発症率は900万人に一人、現在までに確認されている症例はわずか146名である。



この疾患に限らず、人生早期に発症する致命的な遺伝性疾患は、基本的に非常に発症率が低い。何故かと言えば、そのような病を発症する遺伝子の持ち主は、子孫を残す前に死んでしまうからだ。



言い方は悪いが、そうした遺伝疾患は既にほとんどが遺伝子を残せず淘汰されているということである。



このように淘汰圧は、生殖期に至るまでの因子に対して強力に働く。(逆に、繁殖を終えた後に訪れる様々な疾患は、遺伝的に克服することが難しい)



本著の著者、マイケル・R・ローズは、このようなメカニズムに基づき、生物の「寿命」そのものを伸ばすことに成功し、寿命や老化を初めて科学体系の上に載せた研究者である。





本書はマイケル・R・ローズの研究の歩みを、彼自身の人生の歩みとともに記した本だ。



著者は、まだ学生だった1975年、かのジョン・メイナード・スミスに博士課程の研究指導を求めるが、その希望は受けれられず、代わりにサセックス大学のブライアン・チャールズワースを紹介される。



当初はこの申し出は全く魅力的なものではなかったが、最終的に訪れたチャールズワースのもとでの研究が、後の大きな発見につながった。



彼が研究対象としたのは、ショウジョウバエだ。我々が普段目にするイエバエと違い、小さくて清潔であり、約十日で成虫となり産卵を始める。



チャールズワースに与えられた研究課題をこなすべく、1977年の春から1978年の夏の終わりまで、100万個近くの卵を数える中、約1年半の実験の後、寿命を10%伸ばすことに成功した。



その方法とは、極めて単純なものである。本来は10日たてば産卵を始めるショウジョウバエの内、かなり遅い35日以降に産卵したショウジョウバエから産まれた子だけを育て、そのハエたちがまた遅い時期に産んだ子だけを育て、新しい世代を作る。このようなことを何世代も繰り返すだけだ。



なぜ、そのような方法で寿命が延びるのだろうか。冒頭でも述べた通り。遺伝子は、少なくとも個体が生殖可能な時期になるまで生存できるよう、選択されていく。



つまり、遅い時期に出産した卵だけをが生存するのであれば、少なくともその時期までは生存できるよう、遺伝子が選別されていく。



彼の研究は、これまでニセ医者か非倫理的な医師の領分だった「老化」や「寿命」というテーマを科学の俎上に載せ、進化生物学の最先端に躍り出たのである。




マイケル・R・ローズとは、ロックスターのような名前だが、実際、波乱万丈な人生を歩んでいる。肉親の死や離婚など、プライベートでは様々な経験をし、研究の領域では、野心的な挑戦を続けている。



こうした研究の関心の行きつく先は、つまるところ、人間が「人間は老化を克服できるのか」である。著者は、「老化を止める霊薬が存在できない生化学的理由はない」として、人間の寿命を延ばす壮大な構想を提示している。



著書によれば「研究のための基本的なツールはそろっている」のであり、問題は、そうした大きなビジョンを共有した組織の形成だという。



後半、理論的な深みはやや欠けるが、文章は読みやすく、様々な成功と失敗を経た一人の研究者の人生が正直に描かれていて面白い(ちなみに死んでいる訳ではない…念のため)。

老化の進化論―― 小さなメトセラが寿命観を変える

老化の進化論―― 小さなメトセラが寿命観を変える